
『帽子作りに感謝してます。」』山田千夏 x 原田美砂

山田千夏(以下Y):
早速なんですが「なぜ帽子だったのか」を聞かせていただきたいです。
原田美砂(以下H):
もともとファッションは好きだったんですけど、イギリスの大学に留学した頃は、違う分野の勉強をしていたんです。 その時に、当時の(80年代の後半)、音楽やクラブシーンに感化されて「私の好きなファッションを今やらなければ。論文を書いたり本を読んだりは、後でもできるんじゃないか」って。 それで芸大に編入して、ファッションの大学に入学しました。 その大学で、帽子作りの授業があって、それが初めて出会った帽子作りでした。小さい頃からパンク少女で派手な格好をしてましたから、帽子はよくかぶってたんですけど、実際に作るってことはなかったんです。 その時に「あっこれだ!」と思ったんですよ。当時の先生が、私がその後進むことになった大学院、RCAでも教えていた シャーリー先生という方で、運命の出会いを感じましたね。
H:
山田さんはどうして帽子だったんですか?
Y:
私の場合は、髪の毛が多いとか悩みがあって、それをカバーできるのが帽子だったんです。「帽子をかぶると、こんなに自分が変わるんだ」って思ったのが帽子好きになったきっかけですね。 原田さんの学生時代は、どんなファッションをされていたんですか?
H:
なんというか、飛び抜けてましたね(笑)年がバレちゃうんですけど、日本では聖子ちゃんカットが流行っていた時代に、私は全然違うファッションをしてました。パンクが好きなころは、ボロボロのTシャツとか、ガーゼシャツとか安全ピンみたいな格好で、ヒップホップが好きな時は、チェーンとか(笑)
Y:
想像できないですね(笑)
H:
帽子をよくかぶっていたのは、ロンドンのファッションに入った時ですかね。ニューロマンチックとか、そうゆう音楽シーンに感化されて、よくかぶっていましたね。 私がロンドンで通っていたのは、激しいテイストのクラブで、帽子はもちろん、アマデウスみたいなオペラみたいな化粧をした人がいたり、なんでもありで(笑)

Y:
原田さんのコレクションて、必ずストーリーがありますよね。そのストーリーってどこから生まれてくるんですか?
H:
企画をしなきゃいけない時期とか、素材を探さなきゃいけない時期ってあるじゃないですか。その時期に興味がある物、例えば読んだ本だとか、好きな映画とか、旅にいった思い出とか、そこから漠然としたタイトルが浮かんできます。それを基に、素材を集めはじめ、同時進行でストーリーが膨らんでいく感じですね。 山田さんはどうなんですか?
Y:
私の物作りのはじまりは、その時に自分が一番興味ある物ですね。山に行ったら、山が気になったりとか。 でも私の場合は、それが最大限で、コレクションとして出せるまでにいかないんです。やってるうちに「これちょっと違うかも」ってすぐずれちゃったり、こうしたいけどできなくてって変わっちゃたり、コレクションとして、テーマを通すことがまだできないんです。
H:
帽子を作る時はトレンドを意識したりしますか?
Y:
すごく意識します。原田さんはどうですか?
H:
それなりに左右されてるとは思うんですけど、1年先の物を作らないといけないのでリアルトレンドではないと思うんです。自分の向かっている物というか、やっぱりファッションが好きで見ていて、こんな風になったら良いなって思い向かっていますね。
Y:
帽子を作る時は、服全体をイメージして作るんですか?
H:
そうですね。全体のシルエットが重要ですよね。
Y:
トレンドがあったら、それにこうゆう物が合わさったらかわいいなって考えますね。
H:
帽子のボリュームって服のシルエットによって変わってきますよね。私も少し前は、もっとトップに大きな物もってきたりだとかしてましたね。やはりバランスは少しずつ変わってきてます。洋服のシルエットが縦長になってきていたりだとか、ウエストがしぼれてきていたりだとか、メリハリが利いたりとかもあるんで。そういったことからトップに持ってくる部分が少しずつ変わりますね。
Y:
私は、もともとoverrideのショップで販売員をやっていたんです。そのころ接客をしていてミサハラダさんの帽子がすごい人気でした。毎シーズン出ている、ドレープの形とか、すごくファンが多くて「また今年も出たんですね」って買っていってくれたりとか、リアルに見ていました。
H:
この(ドレープの)帽子も、さっきの話が顕著に出ていて、実は同じように見えますが少しずつボリュームが変わっているんですよ。トレンドによって。大きくなったり小さくなったり、フンワリしたりキュッとなったり。
Y:
経験や歳月を重ねることで変わっていったスタンスはありますか。
H:
最初は、一人で始めたので規模も小さくて、自分との勝負みたいな感じでしたが、規模が大きくなるとスタッフも増え、作り手には、よりいかに自分の技術をスタッフに伝えていくかとか、心内をいかにコミュニケーションしていくかとかを考えるようになりました。周りの人が増えれば増える程、勉強になることは多いですね。
Y:
自分の作った物が世の中に出て、それをかぶっている人を見かけることがあるんです。そんな時、舞い上がってしまって声をかけて「その帽子私が作ったんです」って言ってしまうんです(笑)ちょっと変な目で見られたけど「ありがとうございます」って伝えました。
H:
嬉しい気持ちはわかります。私もそうゆう人を見つけると嬉しいですね。 帽子作りをして嬉しいのは、色んな人と巡り会えることですね。それはやっぱりラッキーなことですね。色々な国の人に出会うと、それぞれ色々なキャラクターがあってテイストも違って、それで他の国の人から「いいわね」っていわれるのはデザイナー冥利に尽きるというか、だから帽子作りに感謝していますね。

Y:
帽子の未来はどうなると思いますか?
H:
今、全世界のバブルが崩壊して、みなさんアクセサリーに注目されていますね。バックがすごかったり、いまは靴がいろんな幅をも持って出てきている。 個人の個性が問われる時代じゃないかなって思うんですよ。色々なことにお金が使えない時代ですけど、その中でも個性を出したいから、これから帽子の時代がくるんじゃないですかね。
Y:
私は服を着る感覚で、常に帽子をかぶっているのが常識になってほしいですね。帽子を脱がなきゃいけない時って多いですけど、それも変わったら良いなと。帽子をかぶるのが礼儀だよ、くらいに浸透させたいですね。
Y:
帽子は、たくさん持っているんですか?
H:
実は5個くらいしか持ってないんですよ。 広つば一個とキャップ一個とか、実用性を考えて選んでいる感じですね。 山田さんは、いっぱい持っているんですか?
Y:
持ってますね。私は、すごく持っていて、どうしようって思って、最近は家に遊びにきた友達に一つずつあげるようにしています。そしたら今度は、あげる歓びを感じてしまって「どれか良いのあったら持ってかえって良いよって」言ってしまいます。それでも3桁以上は持ってますね。ところで、原田さんの5つは、自分でデザインした帽子ですか?
H:
そうですね。ただ一つは母から譲り受けたアンティークですね。クリスチャンディオールのオートクチュールの小さい帽子です。それは、ずっと大切に持っていますね。 私の場合は自分の会社なんで、お友達とかには、いつも帽子をあげちゃうんですけど、自分で持つ帽子は少ないですね。もっとちゃんとかぶらなきゃいけませんね(笑)

H:
帽子作りって追求すれば、どんどん追求できるじゃないですか、納期や、締め切りとか大変な壁もありますけど、自分がこれだって納得いくまで極めて下さい。私も、自分でかぶって「まだダメ」って修正してはまた修正を永遠に続けています。けど、それって楽しいことですよね。 また、生み出した物は必ずシーズンごとに進化していて、納得できる場所に行くんですよね。そのシーズンでは生まれたてで、まだ自分の中で80%くらいの物が次のシーズンは90%、その次は100%ってなったりしますよ。 これからも、がんばってください。
Y:
本当に、お会いできて嬉しかったです。 販売の経験から原田さんは遠い人というか、芸能人のように思っていたんです。だから、こんな機会があると思っていかったので、舞い上がってしまいました(笑)どうもありがとうございました。





