


K:
私(近藤)の印象に残っている帽子のシーンは、良い意味では、ミュージカル映画のコーラスラインに出てくる帽子です。ラストシーンで、オーディションで選ばれたダンサー達が、金色のシルクハットを被って踊るんですよ。「私が獲ったのよ」って感じで勝ち誇った顔をして。それを見た時に感動して、いつかブロードウェイのミュージカルを見たいなと思ったんです。 帽子って日常かぶるファッションでもあるんですけど、王様がかぶる帽子とか王冠もあるし、その人の権力をアピールする道具でもあると思うんです。ダンサー達の自信に満ちあふれた表情をゴールドの帽子が引き立てていて、子どもながらに強烈に印象に残りました。
-もう一つ印象に残った帽子があるそうですが。
K:
こっちは悪い意味です(笑)。これもシルクハットなんですけど、帽子を被ったチャップリンが恐かったんです。白黒で早歩きがで、うっすら笑って迫ってくる感じが恐くて。子供のころ、はじめてチャップリンを見た時は、喜劇王って言われながらこんなに子どもを恐がらせていいのかと思いました。もし夜、道であのチャップリンに出会ったら逃げ出しますよね(笑)。 帽子を被っていないときもあるんですけど、一番恐いのはタキシードとシルクハットとステッキとで着飾っている時ですね。紳士なんですけど恐いんですよ。
-あの帽子は何という種類なんでしょうか?
K:
シルクハットとかボーラーと言われる形です。男性が被るフォーマル仕様の帽子。最近の若い人は、帽子はフォーマルだけど、Tシャツに合わせたりジーパンに合わせたりしている人が多いですよ。ボーラー=チャップリンとは思わないけど、暗闇で白黒で髭の人がボーラーみたいなものを被っていたら今でも恐いですね。
U:
私(植松)の話は、海外出張でフランスに行った時のことです。会社の偉い方々と一緒で、すごくプレッシャーを感じていた私は、パリのホテルでうなされて、金縛りにあったんですね。それで「動けない動けない」と思って目を開けたら、大きな白いキャペリンが私のお腹の上にあったんです。キャベリンは女優帽とも言われる、つばの長い帽子なんですけど、それが私を押しつぶしているんですよ(笑)。苦しくて、ガッて蹴飛ばしたら目が覚めて、そうしたら布団を蹴飛していました。乗っていたのはたぶん布団なんですけど、そんな感じの夢を見たんです。次の日の夜も、今度は凄い胃が痛くなって汗がたくさん出てきて、「痛い痛い痛いと」思ってパッて見たら、お腹に白いベレー帽がくっついていたんです。またガッとやって無理矢理取って起きたんですけど、その日は胃が痛くて食事が食べれませんでした。だからといって白い帽子がトラウマになっていることは無いんですけど、その夢がすごく印象に残っているんです。 あと、イタリア出張に行ったときは、意外と街の人があまり帽子を被っていなかったのが印象に残りました。やっぱ作る方がメインなのかなって。
H:
でも「アボンリーへの道」というドラマでは、あの時代の、髪型も帽子も串とかも全体でアレンジしてオシャレをしているのはうらやましいなって思いました。今、ジブンでやろうとは思わないですけど、ああいう時代は楽しかっただろうなって。
K:
外国製ということで言えば、何年か前にフィリップ・トレーシーのショーがあった時は社内全員、帽子のために、着飾ってメイクして美しかったですよ。ああいう機会があると皆喜んで、うきうきして、着飾ることができるんですよね。
U:
イギリスだとダービーとかあるじゃないですか。そのためにドレスも帽子も作って、それの縮小版みたいな。帽子に合わせてドレスを選んでって、滅多にない機会だったんで楽しかったよね。
K:
あと、帽子には場に合わせたルールもありますよね。男の人は部屋の中では帽子は取るとか、でも女の人は部屋の中でも帽子を着けていていいとか、うちの会社にも昔は決まりがあったんです。帽子を作る会社だから、そういうエチケットもきちんと理解しようって決まっていたんです。でも最近は、社長も被っているし、そういうのはなくなったんですけど。
U:
でもあの頃は、被って来る人も少なかったですね。男の人は特に、今みたいに日常に帽子を取り入れられることも少なかったし。今だと被っている帽子を取れって言われたら困る人もいるんじゃないですかね。服も靴も帽子もトータルで合わせているから。 K私は、帽子の仕事を始めてから逆に被らなくなりましたね。自分は似合わないなって思って。特にメンズの企画をしているんで、自分が被ってどうよりも会社にいる男の子に被らせて雰囲気見たり、仕事の癖がついちゃったのか、自分では全然被らなくなっちゃったんですよ。
-では次に山田さんの印象に残っている帽子を教えてください。
YA:
私が、ずっと忘れられないのは家族旅行の帰りに、青森から北海道に向かうフェリーで被っていた帽子です。ちょうどこの帽子みたいに、上が巾着のようになっていて、赤ちゃんが被るような形で綿素材で生成りの帽子です。旅行先で頭をぶつけて怪我をしちゃって、包帯を巻いていたんですけど母が「女の子なんだから、包帯は恥ずかしいでしょ」ってかぶせてくれたんです。それまで、あまり帽子を被ったことが無かったので、ちょっと恥ずかしい気持ちもあったんですけど、旅先で怪我をしてしまって、包帯も撒いていてネガティブな気持ちで、旅行なんてって思っていたのが、帽子をかぶった後はポジティブになれて旅行も楽しめたんです。そういう些細なことなんですけど、凄く印象に残っていて。だから、帽子は私を変えてくれた物って今でも思っているんです。 それで、機会があればそのデザインを再現したいなと思って作ったのがこの帽子。私のデビュー作です。
H:
私(平野)が印象に残っている帽子は、NHKでやっていた「アボンリーへの道」という海外ドラマです。カナダのプリンスエドワードの大自然の中でおこる人間模様を描いた作品で、この時代の雰囲気とか、服装を見るのが凄く楽しかったんです。女の子達が主役で、服も帽子も毎回違うものを身に着けていたのが羨ましく思ったり、彼女達のおしゃれの話に共感したりしてました。その影響で、私はクラシカルな帽子が好きなんです。中学の頃、このドラマに出てくるような雰囲気にあこがれて購入した帽子があって、それを再現したいなって思って作ったのがearthでデザインしたこの帽子です。
-当時はどんなファッションをされていたんですか?
H:
流行っていたのは雑誌でいうと「zipper」とか。原宿のファッションでピタTとか原色いっぱい使っていて。
YA:
篠原ともえが流行ってましたよね。100均買ったサンバイザーをぶら下げて、ハーフパンツに原色の服とかで。
K:
私、そのころサンバイザー作ってたよ。星とかレインボーとか。
H:
私は、そういうファッションを通りつつ、古着とかクラシックな帽子とかでオリジナ感を出してたつもりです(笑)。
K:
私もこのドラマとか「大草原の小さな家」とか海外ドラマをよく見てました。こういう雰囲気が好きで、最初に会社に入った時は子ども用の帽子がやりたかったんです。レースとかフリフリの。自分が着ていた服はミルクボーイとかなんだけど、着るものと作りたい物はちょっとギャップあったんですよねー。
-では最後に、吉川さんの印象に残っている帽子を教えてください。
YO:
私は、学生の時に文化祭で作って初めて人に買ってもらった帽子が一番印象に残っています。たしかキャスケット。それまでも、帽子は作ってきたんですけど、この文化祭で初めて人にかぶってもらうことを意識して帽子を作ったんです。サイズが緩いとか、ここの縫製がどうだとか、色々先生に言われながら作って、それを実際に人に買ってもらったってことが嬉しかったです。それがたぶん帽子作りを仕事にしようってことに繋がっているんだと思います。買ってくれたのは、同じ学校の子で、校門のところで見かけたんですが、話しかける勇気もなくて、後ろから「あの人が買ってくれたんだ」って眺めてました。別に凄いオシャレとかハイセンスとかではないんですけど、素朴で私の作った帽子がぴったり似合ってました。 初めて人のために作った帽子だから、自分では納得できていない部分もあったのに、あの人はお金を出して買ってくれたんだなって思ったら、嬉しい反面もっと頑張らなきゃいけないなって気持ちになりました。 それが今の私の原点ですね。
普段は無口で黙々と仕事しているという5名のデザイナーも、過去の体験やファッションの話ですこしだけ盛り上がっていました。
あなたが持っているクリハラの帽子は、誰がデザインしたもの・・・なのでしょうか?